カテゴリー「経済・政治・国際」の記事

2008年10月22日 (水)

時価会計基準適用範囲の見直し ルールを変えるという戦略、ルールが変る背景にある変化

金融商品の信用が失墜し株式市場が暴落しているこの時期に、投資家の利益を守るために導入した時価会計基準を変えるということは、したたかさいうべきか、戦略というべきか。

 ルールは守らなければならない。しかし、ルールは絶対的な存在ではなく相対に決められるものであり、一面から見た利益を守る仕組みである。状況が変わり利益集団の発言力が変れば、当然のことながらルール自体を見直すことが必要になる。
 現在、サブプライム問題で金融商品の信用力が地に落ち、証券市場が混乱していることを背景に、時価会計基準の見直し論が出ている。この基準の見直しは、状況が変ったことへの対応であり、守るべき利益を有する投資家という利益集団が変った訳ではない。したたかにルールを変更し、投資家を守るための動きである。

 ところで、皆で守るためのルールを決めるためには、より高い原理原則を作り、その有効性を理論展開し実証しなければならない。状況が変ったという理由でルールを変更するからには、その変更するための原理原則の変更、あるいは、変更基準が必要となる。
 時価会計基準を導入する原理原則は、市場原理主義を適正に機能させることである。そして、その変更が余儀なくされているということは、市場原理主義自体の制度疲労が露呈されたことになる。

 今、起きている変化は、市場原理主義という原理原則の変化である。暴走した投資行動によって石油価格や様々な原料価格が乱高下して庶民の暮らしを直撃し、また、環境や格差社会が問題となっている。
 今こそ、地球全体、地域社会の利益を踏まえて、戦略をもってルールの変更に臨まなければならないときである。

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2008年10月21日 (火)

生活対策 必要なのは対策ではなく戦略

現在の景気停滞が減速・後退へと重症にならないうちに手を打たなければならない。対策が緊急に必要である。

 しかし、根本原因はサブプライム問題に端を発する信用収縮、そして金融危機への連鎖である。当然、事態は、貸し渋り、貸しどまり、貸しはがしへと進み、不動産価格の下落も止まらない。米国の実体経済の急速な後退に直面し、米国の需要と輸出に依存していては、国内で如何なる手を打っても、事態は悪化する一方である。どんなに対策を打っても多額のお金がどんどん失われていくだけである。

 国や地方の財政難を解消するには構造改革が必要と言われ、不要不急として箱物投資を抑えてきた。ここで景気対策だからといってお金をばら撒くことには意味がない。そこで、食糧危機が喧伝され様々な原材料が高騰し庶民の消費生活を物価上昇の波が直撃している状況において、減税や税制見直し等により消費マインドを高揚させて需要を創出し、あるいは、企業の設備投資を促進することが検討される。
 しかし、グローバル化が進み成熟化している現状では、こうした施策をいくら打っても直ぐには景気浮揚につながらないと想定される。ならばと、頼みの綱である外需に依存しようということになるが、世界中が経済危機に見舞われているのだから言うまでもなく論外である。

 ここで発想を転換し、今、人々が本当に必要と思っている事業を自律的に創出する仕組みを戦略的に構築することこそが急務である。
 食料自給率、環境、地域に密着し地域を活性化する事業、高齢化に向かう社会基盤の見直しといった課題が山積している。経済性や効率ばかりでなく、世界中の人々が求めているこうした心豊かに生きていくためのニーズに対して、国、地域の行政、企業、組織、一人ひとりが自ら取り組み、豊かで人や環境に優しい文化を築くことができれば、それは世界に認められる価値となり、日本や日本人のプレゼンスは向上するはずである。

 景気後退への対策として、今や、人員削減は常套手段となった。職を失った人々の雇用創出ではなく事業創出を支援すべきである。
 企業という仕組みから社会に放出された人々には多様な業務経験で培ったノウハウや経験、アイディアなどがある。自らのアイディアや技術を武器にして社会や環境に配慮した事業を形成するためのコミュニティ作り、信用保証、起業するための融資や投資を促進する政策が必要がある。
 しかし、こうした既成の仕組みだけでは新たな発想を大きな事業として育成することは難しい。一人ひとりの活動と企業が協業する、あるいは、企業がファンドを設立したり資金援助したりすることへの財政的、税制的な支援を行うことによって、新たな事業を起こした人も自らのミッションを実現でき、その事業を支援した企業も新たな領域での事業機会やプレゼンスを獲得でき、その企業を支援した国・地域・社会も提供される利便性を享受できる。

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2008年10月15日 (水)

米国、金融機関への公的資金注入 今、世界の歴史が動いた

我々は、世界経済が新たな秩序に向かって動き出したその瞬間の目撃者となった。

 当面の世界を巻き込んだ株価の大暴落は一段落し、世界恐慌の危機を脱したかの様にみえる。とはいえ、これからも様々な問題が噴出してくることは予想される。

 しかし、何にも増して重要なことは、こうした事態が再び起きない様に、世界中で新たな経済秩序の形成が試みられることは間違いないということである。

 今後、10年20年という長期的視点で、この変化を見たとき、経済活動の仕組み、経営の仕組み、組織の仕組みがこの時点で大きく変化したのだと振り返られるときが必ず来ると思われる。我々は、今、まさに、歴史に残る瞬間に立ち会っているのである。これから起こる変化を、事象としてではなく、背景として捉えていかなければならない。

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2008年10月14日 (火)

金融危機に見る表層の変化と深層の変化

今にして思えば、米国経済モデルの制度疲労の兆候はもう大分以前から見られた。
 新興国の労働者に職を奪われる人々の姿、不動産を担保に借金を雪ダルマ式に繰り返す人々の姿、成果主義によって安定しない生活に苦しむ人々の姿、次第に返済に追い詰められる人々の姿などである。そして、それらの結果として経済成長が鈍化し、借金をてこ(レバレッジ)とした経済構造が破綻し、一気にサブプライムローン問題という形で表層の変化が劇的に起きた。
 日本に目を転じても、格差社会の広がり、利益を優先するあまり生じる様々な偽装問題がクローズアップされ、成果主義の適用による短期業績視点への偏りや組織能力の低下といった問題が危惧されてきた。

 今、サブプライムローン問題に端を発した信用収縮、金融危機、実体経済の後退への流れは、ものすごい速さで世界中に広がりつつある。我々は、その深層にある変化、すなわち、世界経済の牽引車たる米国の成長し続ける経済モデルが崩壊していく姿を目の当たりにしている。

 今から思うべきことは、金融危機を乗り越えるシナリオばかりでなく、深層の変化の後にくる新たな社会の姿である。私のもう一つのブログ『社会と環境を考えるソーシャルコミュニティ』でも記した様に、体力の弱った企業が人員を削減して組織能力が低減する一方で、企業を支えてきたアイディアやノウハウ・経験を持った人々が企業の外の社会に溢れ出す。
 しかし、ネット環境が整った今の社会では、こうした人々が連携し自律して活動することが可能である。これまでの経済モデルの下に翻弄された人々の多くが、自らの才能を活かし、あるいは、自らに課したミッションを実現するために行動できる社会となる。

 我々は、柱となる経済モデルを失って混沌とした社会を築くのではなく、心豊かな社会を築くために、この新たな変化の兆しが大きく育つような世の中を作らなければならない。 

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