« 2014年7月 | トップページ | 2020年5月 »

2020年4月

2020年4月28日 (火)

露呈した経済発展のビジョンの問題点

 今回のコロナ禍をリーマンショックと比較する人が多くいますが、今回は、金融システムの破綻ではなく、私たちの生活に直面する経済活動が停止して実消費が蒸発してしまい日銭で生きていた街の経済が破綻し、さらには、利益を労働者に回さず内部留保として蓄えてきた大企業においてすらも危ういという状況にあり、金融システムは、信用収縮した企業に融資して延命措置を施し、大量に雇用が失われることを阻止することくらいしかできないというところに違いがあります。

 しかも、世界中の経済活動の停止にともない石油需要が急減しているこのタイミングで、OPECプラスでの協調減産の協議が不調に終わりサウジアラビアが石油増産に踏み切ったことで、石油価格が暴落し(先物価格がマイナス価格にも陥り)、一定の均衡の中で安定が保たれてきた世界の経済バランスが崩れてきています。さらには、地球温暖化が遠因とも言われるダイポール現象が、北東アフリカから中近東、西アジアにかけてのバッタの大発生を引き起こし、食糧不足問題を深刻化させています。

 低金利政策(マイナス金利)、量的緩和政策といったマクロ経済政策の打ち手を出し尽くした日銀にとっては、金利政策の深掘りするか、国債購入、CP・社債購入を際限なく増やしていくしかなく、遅かれ早かれ先進諸国のマクロ経済政策もそうした状況に陥っていくことになります。そして、意図していないとは言え、結果的にはMMTModern Monetary Theory)の世界へと入り込んでいくことになります。

 しかし、市中にお金がいくら大量にばらまかれても、感染拡大のために工業製品の生産活動が停止し、かつ、市民の経済活動が停止して消費が蒸発して、経済が停止しているという近代経済学では経験したことの無い事態に見舞われているというのが今の状況です。賃金が低下して(早晩、非正規雇用から次第に雇用が失われて)不況に陥って物価が低下し、石油価格低下にともなって物価が下がって、早晩、デフレスパイラルに陥っていきます。その一方で、自然災害による食料不足、感染症による農産物の収量低下にともなう農産物輸出制限といった問題が多重的に深刻化すると、農産物を中心とした物価の高騰が同時に進行してスタグフレーションになる可能性もあります。

 今、経済再開への道筋が描かれようとしています。しかし、コロナ禍がどれほどのダメージを人類に及ぼすかにもよりますが、長期化してニューノーマルの社会へと変容が進んでいくとするならば、ケインズ以降の経済学が提唱してきたような金融によるマクロ経済政策、公共投資による景気刺激政策の発想のままで、本当に再開した経済の再建ができるのか疑問が残ります。また、ニューノーマルの社会が非接触型経済に向うとするならば、不特定の人が触るものを共有するシェアリングエコノミーについては制限されなければならなくなります。所有することの非経済性を回避する策としてのシェアリングエコノミーですが、日銭で回していく事業にとっては土地家屋の賃借料が重荷であり、もとをただせば、土地家屋の所有者に課税される固定資産税が経済再建の足を引っ張っていることになります。だとするならば、固定資産税の上に利益を積み上げていく所有の経済の根本原理から見直さなければなりません。さらに、パンデミックにせよ自然災害にせよ、未曽有の事態に遭遇するリスクを抱えながら日銭経済のもとで多くの人が安心して生きていけるようにするためには、ベーシックインカムの制度の導入を導入し、そのセーフティネットの上で多彩なビジネスに挑戦できるようにすることを想定しなければならないのかも知れません。

 

 

| | | コメント (0)

2020年4月27日 (月)

なぜ、日本の感染対策は後手になってしまうのか?

新型コロナウイルスの感染が急速に拡大するなか、世論調査によれば、多くの国民が政府の対応を遅いと感じています。一方、海外では、例えば、英政府は、休業に追い込まれているすべての労働者を対象に月給の80%を支援することを、320日時点で即座に決定しました。

このような政治決断におけるスピードの差はなぜ生じるのでしょうか。私は、『なぜ、日本には未来ビジョンを描ける人があまりいないのか?』で記したことと同様に、組織にとっての「和」の方が重要視され、「個人の思い」よりも「組織の和」が重んじられる傾向があり、その結果、合理的思考に裏付けられた「本質的な議論」ではなく、「組織としての面子」ばかりが追求されることによるものと考えています。

目の前で、どんどん感染が広がっている状況にあって、国民の方ではなく、自分たちの組織の方ばかりを向いて政治決断しようとしているから、日本の感染対策は後手になってしまうのだと思います。

 

 

| | | コメント (0)

2020年4月26日 (日)

なぜ、日本には未来ビジョンを描ける人があまりいないのか?

スタートアップ企業を見て感じることは、社長の明確なビジョンに向って、個々の能力を生かして行動していることです。苦しい時期もあり、みんなが一丸となって課題を乗り越えていきます。一方、企業規模が大きくなり事業が多岐に広がり分業化と専門化が進んでくると、社会の変化に即して描き出される新たな中長期のビジョンも単なるお飾りになり、誰もが部門の立場を最優先に考えるようになります。その結果、全てが部門最適という狭い視点での思考に陥り、部門間の調整の結果として対症療法の議論で終始してしまいます。そこで久しく、経営トップのリーダーシップ論が唱えられてきましたが、その掛け声もむなしく、例えば、バブル経済崩壊以降も、失われた10年、20年、30年...という停滞が際限なく続けられ、持続的イノベーションに終始し、社会変革につながるディスラプション(破壊的イノベーション)を巻き興すことができていません。

何故、こうなってしまったのか。筆者が思うに、その原因は、日本には未来ビジョンを描ける人が殆どいないということに尽きると考えています。

それは、日本が縦割り型の社会だからと揶揄して理由づけしている人もいます。しかし、どの国の人であっても組織が大きくなれば官僚的に思考するようになります。そもそもどの国の政治機構であっても縦割りの官僚組織は存在します。縦割り型の社会だからといって、日本には未来ビジョンを描ける人が殆どいないということにはならないようです。

一方、日本人の大きな特徴として、古くから「和をもって貴しとなす」という思考様式があります。客観的な合理性よりも、組織にとっての「和」の方が重要視され、「個人の思い」よりも「組織の和」が重んじられる傾向があります。その結果、合理的思考に裏付けられた「本質的な議論」ではなく、「組織としての面子」ばかりが理想像として追求されることになります。だから、日本にだけ「忖度」という思考が存在しているのです。忖度することでことをうまく進めようという価値観、忖度してもらうことでうまくいくと思っている価値観が染みついている日本人には未来ビジョンを描くことはできません。

 

 

| | | コメント (0)

発注者責任として発注者に問われるもの

新型コロナウイルス感染防止策として政府が妊婦向け、全世帯向けに配布した布製マスクに汚れが付着していた等の不良品が見つかった問題で、その生産を受託した企業が未配布分を全量回収することになりました。

表面上は生産を受託した企業の責任が問われたことになりますが、本当にそれで問題が解決されたと言えるのでしょうか。システム開発の分野では、もう何十年も前から要件定義の重要性が指摘されてきましたが、この布製マスクの配布については、布製マスクはアベノマスクとも揶揄され、ウイルス防御にどれほどの効果があるか懐疑的な意見も多くあり、発注者側の国にも、兎に角、短期間に大量の布製マスクを生産して配布すればよいという、他人任せ的な発想があったのではないでしょうか。

先日、良い品質をつくり上げるには、製品のビジョンが理解されていなければならず、利益優先、短納期が優先されると粗悪品がつくり出されると指摘しました。布製マスクを配布することの社会的意義、一日も早く配布することで感染の拡大を防止できるという使命感が、発注者側に欠けていたのではないか、そして、その他人任せ的な思いが生産者に肌感覚で伝わったのだと思われます。

感染拡大が迫り対策に多忙を極める中で、担当者には過剰の負荷がかかっていたことでしょう。しかし、そんな緊急事態の時だからこそ、発注者側である国は、本質的な思考に基づいた感染防止のビジョンによる政策を示し、誰もがそれに共感して動機づけられ、内発して自律的に行動できる仕組みを構築し、一人ひとりが判断して行動できるようにしなければなりません。それが発注者責任というものなのです。

 

 

| | | コメント (0)

2020年4月24日 (金)

粗悪品がつくり出される訳

良い品質は人の心が作り上げるものです。 

  • 製品のビジョンが理解されていなければ良い品質を作り上げることはできません
  • 利益優先、短納期での受注優先となってしまうと粗悪品がつくりだされます

良い品質を作り上げるには、良い品質を作り上げようという管理者の志(意識)と強いこだわりが必要です。

  • 良い品質を作り上げるだけの技術の確立、技術を使いこなすだけの能力、不断の改善により熟練されたプロセスの整備が必要です
  • 働く人に高い負荷がかかる場合は、分業や機械化によって、その負荷を取り除いてあげることが必要になります
  • 技能を習得する時間や習得するための機会を提供することも必要です。
  • 使用する原材料の品質を一定程度に保ち、無理なく調達できる仕組みも必要です
  • さらに、ぬくもりのある品質を作り上げるためには熟練された匠の技術も必要です 

新型コロナウイルス感染が拡大するなか、政府は妊婦向け、全世帯向けに布製マスクを配布していますが、妊婦向けに配布した布製マスクのうち、4月21日時点で143市町村で計7870枚に汚れが付着する等の不良品が見つかったとの報道がありました。布製マスクを生産した現場の人達も、感染がどんどん拡大していくというプレッシャーの中で、一日も早く布製マスクを届けなければならないと、懸命に生産したものと思われます。

  • 大量の布製マスクを、一日も早く生産するには、それなりの熟練された仕組みが必要です。そもそも、急ごしらえのプロセスで、短納期で大量の製品を生産することは無理な話しです

当初より、布製マスクはアベノマスクとも揶揄され、ウイルス防御にどれほどの効果があるか懐疑的な意見も多くありました。布製マスクの配布に関係する人たちのどこかに、布製マスクという製品のビジョンに疑念が生じていて、誰よりも衛生に気遣う妊婦さんたちの気持ちに思いを巡らすことができなかったことが、こうした不良品を生み出してしまった大きな要因ではないかと思われます。

  • 布製マスクを使用する妊婦さんたちがどんな品質を求め、どんな品質をつくり込まなければならないかという心遣いが、関係する人たち芽生えなかったと推測されます
  • 発注者側、受託者側、海外の生産委託先のだれもが、自ら品質をつくり込むという意識が欠如し、その誰もが品質に対して等閑(なおざり)になっていたと推測されます

| | | コメント (0)

« 2014年7月 | トップページ | 2020年5月 »